民國九十四年二月


2月27日(禮拜天) ついに最終日
ある意味貴重な体験をした「春陽旅社」を出発。あまり寝られていないけれど、特に体調などに問題なし。もし足りなければこれから3日間船の中でいくらでも寝ることができます。

出るときにおばちゃんに船で帰ると言ったらここでも「なんで?時間掛かるでしょう?」のお言葉を頂戴しました。そして港へは車で行ったら?とのご意見。もちろん言われなくても調べていた通り車で行きます。ただおばちゃんの言っている車はおそらくタクシー、これから乗る車はバスという些細な違いはありますが。
弁当を買いつつ高雄市公車のターミナルへ行き、バスに乗ります。事前の調査により旅客大樓(フェリー乗り場)は旗津行きの渡し船が発着する鼓山渡輪站から歩いて5分くらいのところにあるとわかっていたので、渡輪站行きの248路バスに乗車します。本数が多い路線なのですぐに乗り込むことができました。
そして目的のバス停で無事下車した訳なのですが、実はもう一つ先の停留所で降りた方がさらに近かったことが判明。些細な失敗であります。

ともかく無事ターミナルに着いたのが8:00。代理店から貰ったメモによるとチェックインは9:00-10:00となっていましたが、変更やトラブルがあって乗り遅れたりした場合飛行機以上に面倒(一週間に一便)なので、早めに着くようにしたのですがとっても暇でした。空港ならまだ何か暇つぶしのネタを見つけることもできますが、ここでは何もないのでさっぱりです。着いたとき一階のターミナルは港湾警備隊?以外はほとんど無人でしたが、だんだん人が増えてきて10:00が近づいた頃出国手続きのある2階への扉が開かれ、皆ぞろぞろ移動し始めます。自分も扉の所にいた係員にチケットを見せて2階でいいのか?と聞くとそうだと言うので2階に行って手荷物検査に並ぶとここじゃないと言われて一階の奥へ連れて行かれました。さっきの係員は何も見ていなかったのか…。で、連れて行かれた先の部屋に居たのは自分を含めて4人+係員。この4人が那覇までの乗客の全てでした…びっくり。20代二人/60代(推定)二人ですべて男性。ここでもしばらく待ち、10:30頃ようやくチェックイン開始。証人台みたいなカウンタでチケットを提示して港湾税+サービス料166元を払います。基隆の場合は港湾税40元のみで、何故違うのか謎です。
そして船へ乗り込むわけですが、直接ここから乗れるわけではなく対岸に小型船で渡ってそこから徒歩で乗船するようになります。で、その船というのが

こんな小さなモーターボートでした。荷物は前に置き、人は中へ。5人も乗ったら一杯ですが、何しろ客は4人しかいないので1回の輸送でOKであります。
タラップを上がって船内に入るとそこはもう日本。案内はすべて日本語で行われ(中国語が話せる人もいるんじゃないかと思いますが)、船内では日本円のみ通用します。しばらくして乗り込んできた出国審査官との会話が留学生活最後の中国語となりました。
そしてほぼ定刻通りに出航。1年3ヶ月強に及ぶ留学生生活に幕を下ろしました。だんだん遠くなっていく高雄の町を見て感慨が湧くようなことは…なかったですね。きっとまたすぐに来るという意識があるからでしょう。しばらくは「旅行者」として通いの状態になると思いますが、いつかまた「住人」として戻ってきたいと思います。

<最後のご挨拶>
留学生生活が終了したため、本日分をもって「留学生日記」も完結とさせていただきます。最後までお付き合い頂きありがとうございました。
またこの場を借りて政治大學語言中心の同學・老師・辨公室および閲覧室の方々、台灣朋友、遊びに来てくれた方、その他お世話になった方々に感謝いたします。非常感謝大家!

<お知らせ>
高雄から東京までの3日間については別途旅行記を作成、完成次第掲載する予定です。
2月26日(禮拜六) いよいよ撤退開始、しかし道は平坦ならず
昨晩は遅く帰ってきてしまったのでまだ支度が終わってない…ということで朝早起きしてやりました。とはいっても仕上げの作業だけなのでそれほど無理なく終えることができました。本来の予定では朝9時ぐらいに出て嘉義に行き、観光&買い物をした後高雄に移動して宿泊することになっていたけれど、朝から(台北では)強烈な雨が降ったり止んだりしているし、最終的な荷物が想像以上に重く&多くなってしまいこれを持って天気が悪い中移動するのはよろしくない、と断念。直接高雄に向かうことにして、出発時間を変更。予告通り9時に来てくれた房東に時間変更を告げて一休み。12時に改めて房東に来てもらい、部屋のチェックを受けて保証金を返して貰うといよいよこの部屋ともお別れです。

そしていよいよ日本へ向けて撤退開始。何故高雄へ行くかというと、前にも書いたとおりで、東京まで一切飛行機を使わず帰国するからです。こちらでは何人もの留学生に会いましたが、未だ飛行機以外で帰ったという話は聞きません。帰国のことを人に話すと皆一様に「えっ、船?!」「そもそもそんな便あるの?」とびっくりしてくれたのでとりあえず成功していると言えましょう。ちなみに何故基隆から帰らないかというと、高雄から出国してみたい・高雄の出国スタンプが欲しいという理由もありますが、一番の理由は基隆発の便は那覇に到着後石垣方面に戻ってしまうからなのです。名古屋まで乗船する今回の目的には合いません

家の前から「格安バス」こと253路に乗り台北車站へ。ちょっとした用事をこなした後バス乗り場へ行ったのですが、なぜかものすごい混雑。チケットを買うのにかなり並んでしまいました。今回は土曜日でも唯一平日優待料金を適用している統聯客運を使ったのですが、そのせいでしょうか?それとも元宵節の絡みか。どうも台中方面の客が多かったように思います。幸い高雄行きは空いていて、チケットを買った後はすぐに乗ることができました。車両も総統座位のタイプで最前部の席を確保してなかなか良い感じ。
が、混んでいるのは乗り場だけではありませんでした。台北を出た辺りから高速が大渋滞新竹あたりまでずっと混みまくりでした。一回寝てしまい、目が覚めてさすがに新竹を過ぎたかな?と思ったらまだ桃園だったり。その後も各地で渋滞している箇所があり、高雄までなんと6時間30分も掛かってしまいました。旧正月ほどではないですが、かなりきつかったです。おかげで予定時刻をオーバーしてしまい、予定していた高雄での買い物ができませんでした。
しかしそんなことは今些細な問題。一番の問題は道だけでなく、ホテルもめちゃくちゃ混んでいるということ。予定していた新源大旅社はおろか、候補の安ホテルはどこもことごとく満室。恐らく中級ホテル以上の状況も良くないでしょう。しかし見つけなくてはならないので片っ端から聞いて回ったところ、とりあえず高い部屋のみ空いているの宿を2軒見つけました。どちらも1200元で、本来想定した予算の2倍以上。また安宿に対しては出しにくい金額です。しかしあと一ヶ所見ていないエリアがあったのでとりあえず保留してそちらへ。ホテルを探して歩いていると、一人の客引きが声を掛けてきました。警戒しつつ付いていくと、とある建物の8階にあるホテルで一泊1000元だという。部屋を見せて貰うと特に足元を見ているわけではなく確かに1000元くらいの部屋と設備。何もなければここで決めていたところなのですがやたらに女性を勧めてきて、またエレベーターの中でも一目見てそれとわかるお姉さんと一緒になったりしたので無用なトラブルを避けるためやめることにしました。
近くの2・3軒を当たってなければ先程の1200元のどちらかにすることにして尋ねて見るもやはり満室。戻ることにして歩いている途中、一ヶ所まだ聞いていなかったところがあったので一応聞いてみるとOKの返事。しかも料金がなんと250元でした。もちろんドミトリーなんかじゃなくて個室です。が、当然それなりのボロさ。見た感じ日本統治時代の建物を使っているようです。でも寝るだけなら十分だし、話してみた感じおばちゃんも悪い感じがしなかったので決めてしまいました。で、身分証としてパスポートを見せたら見たことがない様子。そして「あんた台湾人じゃないの?」と聞かれたりして、どうやら外国人は来たことないようです。
そして部屋に案内されたわけなのですが、それなりに「すごい部屋」でした。自分が今までに泊まってきた宿の中でも間違いなく最強クラスです。とりあえず部屋の扉には鍵がなく(聞いたら「そんなもんいらん」と言われた)、隣(建物入口と一体化している部屋)との仕切が完全ではない(壁が天井まで達していない)ので話し声がよく聞えます。まあ、このすごさは実際に見て貰わないと伝わらないかもしれません。
一旦外出して食事をしていると日本でお世話になっていた台湾人老師から電話。今台灣にいるから会いませんかということでしたが残念、もう帰国寸前で時間切れ。またの機会に会いましょう。
そして寝ました…というより布団に入っていたという方が正しいですね。何しろ一晩中話し声(たまに怒鳴り声)がしているのでまともに寝るのは困難です。それでもいくらかは寝ることができました。推測ですがここは主に「夜の商売」をしている人が休憩に使っている場所なのではないかと思います。
2月25日(禮拜五) 撤退に向けて色々と
明日からは日本に向けての移動を開始するので、今日が実質自由行動可能な最終日。まずは学校へ行きました。その際、扇風機などの大型品を含む不要品を持っていき「何でも引き取ってくれる人」Meifanに引き渡し。色々持っていってくれるのはありがたいのだけど、この人は最後まで遅刻でした。
身軽になったところで語言中心へ。先日依頼した証明書の受け取り、各方面からの依頼品の委託、辨公室へ挨拶などをしました。ついでにお手伝い関係の報告・権利放棄などもしたりしてすっきり。学校がまだ休み期間中なので老師には挨拶できませんでしたが、まあ仕方のないところでしょう。

一旦家に帰った所で昼食。お気に入りの牛肉麺屋へ行ける機会は今が最後と言うことで、ランチにはちょっと重いけれど行ってきました。注文はもちろんいつもの牛肉湯麺/大盛り/細麺。多そうだなと思いつつごく普通に完食してしまいます。で、そのままPHSのサービスセンターへ。一つは帰国へ備えて日本でも使えるようにするローミングの申し込み、もう一つは住所変更。帰国後も使い続けるに当たって一つ問題となるのが利用明細。あくまでも契約は台灣においてなされているので、台灣のどこかで毎月明細書を受け取らないといけません。しかしもうすぐ帰国してしまう…ということで「何とか」することにしたわけです。

そして軽く撤退準備をしたところで公館へ。大姐と待ち合わせて、ようやく連絡のついた美女老師宅へお出かけです。自分の目的はパソコンサポートとDVD(セット)の回収。このDVDを貸し出したのは9ヶ月前。先月頭には返却依頼をして、ようやく今日戻ってくることになりました。もし今回連絡がつかなければアウトになっていたところで、いやはや。
で、バスに揺られて目的地に着き、始まったのはお食事&飲み会。自分はまったく飲めない(飲むとすぐに気持ち悪くなる)ので食べることに専念していたのですが、酒鬼2人からの強烈な壓力。逃れる術はなく、ものすごく久しぶりに飲むことになりました。とはいっても帰るまでにようやくコップ一杯の果実酒がなくなるぐらいですが。
結局その会は11時くらいまで続いてお開き。結局パソコンサポートは部屋が散らかっているからと言われてなし。結局自分は何をしに来たのでしょう?DVDは回収できましたが。バスのない時間になってしまったのでタクシーに乗って公館まで行き、大姐とはそこでお別れ。そこからはまだあったバスに乗って帰着しました。
2月24日(禮拜四) 海線旅情
予定変更により独立して日帰りで縦貫鐵路(西部幹線)海線に残る日本統治時代の老火車站を訪ねてきました。内容については旅行記を作成し、完成次第掲載します。
2月23日(禮拜三) 大溪之旅
本来の予定では南部総合観光をしているはずの日。その内容の柱は美濃・月世界・嘉義、これに海線老火車站訪問が加わる感じでした。しかし美濃は面白くないという意見を頂戴し、月世界は雨の日一人で行くにはかなり辛そうな場所。ということで嘉義だけになってしまったので帰国時の高雄行きに統合。ということで計画は消滅しました。

そして時間の空いた今日、天気は珍しくそこそこいい感じ。そこで昨日呂小姐から「割と面白い」と聞いていた大溪へ行くことにしました。考え方・行動が似ている人の意見なので重みがあるし、自分でも以前から目を付けていた場所。さらに距離的にも近く行きやすいときています。
正確には桃園縣大溪鎮という場所で、台北縣との境界にある街。台北市西部の萬華地区から直通バスが出ていることは以前の散歩で調査済みなのでまずは萬華へ向かうことにしたのですが、自宅前から直通する673路は今日も快調に来ません。待ち始めて一時間になろうと言う頃、あと5分待って来なかったら別経路に切り換えて決めたところでようやく来るバス。桂林路で降りて大溪行きのバスを調べていると2分くらいでタイミング良く来ました。大溪まで普通の路線バスと同じように停車し、70箇所くらい停留所があります。路線図を見るとまさに数珠繋ぎ。しかし客の乗り降りする停留所は多くなく、ほぼ最短距離の経路を走ることもあって80分ほどで着きました。
着く直前、怪しいフライドチキン店を発見。当然調査しないわけにはいかず、昼食はそこに決定。着いてすぐに直行しました。以前行ったKLGはKFCの偽物といった感じでしたが、今回のSDCはKLGの偽物といった感じ。どんどんKFCから離れています。試しにハンバーガータイプを注文してみましたが、肉がぼそぼそした感じでいまいち。KLGのように美味しくありませんでした。ぺらぺらな普通の袋なのに1元取るのもいけてません。
食事が済んだところで観光へ。メインはよくありそうな老街で、これに廟・トンネル・橋などが加わります。個人的に気に入ったのは公園裏手から架かっている橋でしょうか。特に歴史建造物というわけではなく、新しいものなのですがかなり立派で綺麗です。歩行者専用なのでゆっくり見られるのもいいですね。

その他日本統治時代の剣道場などもあり、保存状態も割と良好。中では蒋經國の奥さん(ロシア人)の写真展をやっていました。
一通り回って二時間強、割と楽しかったです。適当に土産物などを買い、帰りは別経路で帰ることにしました。まずはターミナルからバスに乗り、桃園火車站へ向かいます。実はこの路線には以前乗ったことがあり、5年ぶりぐらいでしょうか。その時は大溪乗り換えで慈湖まで行き、かなり大変な思いをしました。桃園からは最近新設された桃園−台北市政府線(指南客運・中歴客運聯營)へ乗車。こちらへ来たのはそれが目的です。が、桃園側の乗り場を知らないという事実に間もなく気づきます。しかし多分こっちの方だろう、という方向へ向かうとあっさり発見。丁度乗りたい指南客運の車両が入っていたので乗り込みました。
まだ新しい路線のせいか客は少なく、乗った感想は「普通」。見た目は割と豪華な感じで1+2列シートなのですが、乗り心地がちょっと堅め。料金的には公館まで60元、市政府まで65元と國光號より高く自強號より安い程度(現在はキャンペーン均一料金)。従来路線にはない新店・景美・六張犁などを経由することで客層を開拓しようとしているようで、実際客は皆景美までに降りてしまいました。で、最後の一人となった自分はどこまで行くのか聞かれて六張犁と答え、下車。するとバスはそこで運行を中止して帰ってしまいました。今日はもうこれ以上仕事はないし、客もいなくなったから終点までいかなくていいやってことでしょうか。

で六張犁で降りたら行くのはもちろん邦子の店。恐らく今日が最終回です。残念ながら一人だけなので数の多い小籠包などは頼めず、麺や青菜などを頂きました。食べていると店の人から聞かれるのはZhepingのことばかり。彼はすっかりここのアイドルですね。
最終回なら当然パパイヤサラダもってことでリンダの屋台へ行きました。いつもの場所には見あたらなかったけど、(警察からの)避難場所へ行ったら見つかりました。そしていつもの中辛を買って帰り、美味しく頂きました。
2月22日(禮拜二) そんなわけで約會
まずは午前中。まだ修理完了の連絡が来ない携帯の様子を見に行きました。先週のお姉さんの話だと月曜日にはできている、ことだったので受付票を出してみると…できているじゃないですか。早く連絡くださいよ、もうって感じです。修理代は見積もり通り5200元。電話帳などはそっくり残っていて特に面倒なことはなく復活です。

そして銀行へ行って通帳記入をしたりしながら、時間つぶしが容易にできて待ち合わせ場所がどこになってもすぐ向かえそうな台北車站へ移動していると呂小姐から連絡、台北車站の誠品で待ち合わせしましょうとのこと。グッド・ベリーナイス、なんだかうまい具合に考えが繋がっているような気がします。
適当に用事を済ませつつ時間を調整して待ち合わせ場所に行き、合流。会うのは…一年ぶりくらいでしょうか(と調べてみたら本当に去年の2月20日でした)。相変わらず日本語が達者で、自分の中国語もかくありたいところです。どこに行こうか話し合った末、甘い物を食べに行こうということになり呂小姐が一度行ってみたかったというワッフルが美味しいという喫茶店へ。中山站近くにあり、台北車站から歩いていけます。さすがに有名な店だけあって混みまくり、店の外でしばらく待ってようやく入れました。
とりあえずお茶とワッフルをそれぞれ頼んだのですが、この店ケーキ類(ワッフル含む)はそれなりに安いのにお茶が結構高いです。ケーキで客寄せしてお茶で儲けるって仕組みでしょうか?
で、そのワッフルですがこんな感じです。

呂小姐の注文した苺・アイスクリーム付き120元。自分のは撮り忘れました。写真で見ると普通に見えるかもしれませんがかなり量があり、確かに美味しいのですがお茶菓子として食べるには一苦労。特に女性などは二人で一皿あれば十分でしょう。結局自分が1+1/4皿を食べ、二人とも夕食が入らなくなっていました。

店を出たところでまださよならするには早い時間。すると何やら穴場に連れていってくれるということなので行ってみることにしました。そしてバスに乗って向かったのは台北縣政府。板橋車站のすぐ近くにあります。最寄りの停留所ではなく、少し手前の料金が切り替わる停留所で降りて歩くあたり非常に好感が持てます。
でその縣政府に何があるかというと展望台。地上32階にあり、それほど高くないけれど回りに高い建物がないので結構よく見えます。ポイントは料金がタダってところなんだよ、と言っていましたがその通り。新光三越とか台北101とか登ると高いもんね。特に学生さんには。残念ながら今日は雨がぱらつく天気だったのであまり遠くまでは見えませんでしたが、天気のいい時林家花園の帰りなどに是非また来てみたいものです。

板橋車站から一緒にバスに乗り、呂小姐の家最寄りの停留所に着いたところでお別れ。今度台湾を訪れたとき、あるいはまた日本のどこかで会いましょう。
2月21日(禮拜一) 結局全部失敗、か?
今日も連絡待ち関係の状況は動かず。とりあえず午前中は学校へ行き、成績証明などを申請するついでにネットをして退散。帰りがけにふと炒飯屋(実際には中華美食快餐といい、色々扱っているが)を覗いてみるといつの間にか営業を再開しているではないですか。恐らく本科の授業が始まったからでしょう。もちろん入ってキムチ炒飯を注文。帰る前にこれをもう一度食べられるとは思いませんでした。

帰って特に目立ってすることもなく、これではいかんということで夜市へ行くことにしました。ついでに明日から出かける予定の南部旅行の切符も取ってしまおうということで向かったのは台鐵松山車站に近い饒河街夜市。まずは駅に行き、切符を確保することにしました。今回行こうと思っているのは屏東・嘉義方面で、普通なら西側から行くところですが、花東線の普通車に乗ってみたいなどの理由から台東廻りにすることにしました。今回買おうとしているのは肝となる一本目の夜行列車です。窓口に行き、明日の何番列車・座席希望などを伝えます。係の人は台鐵にしては珍しくしっかり復唱しながら操作していて好印象(と油断したのが後でとんでもない間違いの元に…)。出てきた座席も1車1號という縁起の良さそうな?もの。
用が済んだところで夜市へ…入る前に割と大きな廟があり、その向かいに特設ステージがあるのですが、そこで何やらおばさん団体が妙に派手な衣装を纏って踊っています。しばらく見ていると、次に出てきた団体はおばさんとおじさんのカップル、その次はまたおばさん団体。どうやら元宵節の企画で発表会をやっているようです。しかし雨のせいか観客はまばらでありました。
さて、改めて夜市へ。こちらは賑やか…と思っていたらそれは入り口だけ。中にはいると人はおろか、屋台もまばら。晴れた週末なら身動きできないほどの人出になるのが雨のせいか、あるいは元宵節で人が他に流れているのか

こんな感じでした。仕方がないので雑貨店を中心に見て回り(実はこの夜市、龍山寺付近よりずっと店数が多いことに気が付いた)、台湾語のダサイ歌が詰まったCDを買って、適当に食べて帰るに留まりました。
ゆっくり一周し、さあ帰ろうとバス停へ。ふと買ったチケットを見てみると、94.2.21と書かれているのに気が付きました。どう見てもこれは今日のチケットです。どうやら係員が間違えたようで、あの復唱は一体何だったのか。すぐ駅に行き、交換を要求したのですができないとのこと。理由は21:00を過ぎると明日以降のチケットを売れないからだといい、確かに21時を少し過ぎています。しかし予約したチケットの発券は22:00まで可能なことを考えると単にやる気がない(融通か利かない)だけのように思えます。で、払い戻しをして明日また来てくれと言い払い戻しには手数料が掛かるという。そちらのミスなんだからせめて無手数料にしろといっても聞かない。前回の券売機故障事件の時の対応といい、ろくな事をしない駅です。その時と同じくしばらく粘れば返ってくるでしょうが、今回は手数料の額が小さく粘る時間の方がもったいないので払って帰り、ある意味思いつきてきな部分があったこの計画は中止することにしました。
ちなみに台湾人に聞いてみると松山車站に限らず台鐵全体の評判は良くないようで、皆口を揃えて言うのが「国営だから仕方ないよ」とのこと。日本の旧国鉄もそうだったみたいだし、どこも同じなんですね。

家に帰ったところで明日はどうしよう、ということになりました。できれば帰る前に会おうと言っていた台湾朋友・呂小姐とどこかに行きたいなと思い電話しようとするも番号は今修理中の端末の中。以前貰った名刺にある番号に掛けてみるもすでに使っていないのか繋がらず。さらに手帳にあった誰の物かわからないそれっぽい番号に掛けるとコールはするが出ない。後でもう一度試してみようと思っているところに何と当の本人から電話が!香港から出した手紙を見て掛けてきたとのことで、やっぱり手紙って重要ですね。当然会おうということになり、明日OKだということなので一緒に出かけることにしました。
2月20日(禮拜天) 動かざること山の如し
今日はあまり大したことをしていません。実は色々用事があるのだけど、連絡待ちのものばかりで今すぐにできるものがないのです。思い切って泊まりがけで出かけたいと思ったりもするのですが、連絡さえあればそちらを優先して発動したい用事が複数ある状況では非常にアクションを起こしづらい。じゃあ近くで手軽に実行できるネタはないのか?というとあるにはある。でも雨続きの状況ではとても行く気にならないか、誰かと特定の人と行かなくては意味が無くその人が台湾にいない、といった場所ばかり。
ちなみにこの雨は出国までずっと続くらしい…。
2月19日(禮拜六) 送別茶会
明日でZhepingが帰国します。ということで、まずは昼間に最後の「邦子の店」へ行ってきました。少し早く着き、店が混んでいたので外で待つことにしました。しばらくすると店の人に見つかり、中で待っていたら?と言われ店の中へ移動。待ち人がZhepingであることも完全にばれていて、どうやら印象の薄い自分もようやく顔を覚えられたようです。
で、揃ったところで注文。最後なので少し多めにしたのですが、そこへさらにサービスということで鍋貼一皿追加。そうなっては残すというわけにもいかず、がんばって食べるのみ。最後の邦子は美味しいけれどちょっと苦しいという結果になりました。

用事があるというZhepingとは一旦別れていつもの茶店に。台湾元がピンチになってしまったのでここで少し両替です。ちょっと留守にした間にレートが非常に悪くなってしまったので最低限必要な額に押さえることにしました。あとは待ち合わせ時間になるまで作業を手伝ったりしながらまったり。と、大姐がDVDを買いに光華商場へ行きたいということなので少し早く出て行ってみることにしました。
茶店から光華商場までは割と近く、徒歩で十分行けます。幸い目的のDVDはすぐに見つかり、ついでの買い物も済ませて改めて目的の場所に行こうとして…困りました。茶屋を起点に、バス路線を基準に聞いていたので現在地からどうやって行ったらいいのかわからないのです。結局聞いていた路線に乗れる場所までそこそこ歩き、そこからバスへ乗り込みました。

再び合流したところでレストランへ。今回は上海料理の店でした。真理子老師から聞いてきた店だけあってなかなか美味でありました(唯一鶏肉料理だけはいまいちでありましたが)。結局ここはほとんど大姐にご馳走になってしまいました。一通り食べたところでまだ時間が早いということでアジアワールドにある喫茶店?へ行って二次会。茶藝もできたり、ちょっとした料理も出たりして幅広く何でもできそうな店。そこで閉店近くまでずっと話していました。

店を出て南京東路まで一緒に行き、タクシーで帰る大姐とはここでお別れ。自分とZhepingは捷運に乗って萬芳醫院まで一緒に行き、バスに乗るのを見送ってさようなら。今度会うのは日本に帰った時ですね。
2月18日(禮拜五) 偽金事件
今日のところは特別どこかに出かけたり、誰かと会ったりする予定もありません。まずは食事をしようと近所の店に行き、適当に注文→食べ終わり。ここまでは特に問題はなかったのですか、お会計の時小銭を取り出そうとすると1枚変わった十元があるのに気が付きました。また記念硬貨かな?と思ったのですが、何か変。よく見ると「壱圓」「中華民國六十三年」の文字があります。つまりこれは昔の一元硬貨なのです。きっと昨日乗ったタクシーの釣り銭の中に混じっていたのでしょう。現行の一元硬貨は1981年から流通していることを考えるとよく今頃こんなものが出てきたものです。ちなみに未だに百円札が有効な日本と違ってとっくに通貨としての価値はなくなっています。

一旦帰って今度は学校へ行ってみました。とりあえず語言中心に顔を出そうとすると、政大1路・政大2路という謎の校内バスが新設されていました。路線図によると校外まで足を伸ばしているようで、公車迷としてはいずれ追究しなくてはなりませんが今日のところは見送りです。いつも通り徒歩で向かい、覗いてみたもののこの時期閲覧室は午前中のみ解放で辨公室もあまり人がいなかったのですぐに撤退。
図書館のロビーで、幸いまだアカウントが残っていた無線LANを使ってネットなどをしてみました。

それから各種頼まれ物を処理すべくまずは忠孝復興の和昌茶荘へ。先日購入した茶のうち一つが注文と違っていた(成田でやっと気が付いた。遅すぎ)ので正しい物と交換。丁度混んでいるときだったので用が済んだところですぐに出てきました。
そして次は光華商場へ。使命はコンセント変換アダプタの購入。特に難しい物でもないので、心当たりを何軒か回って条件に合う物を買ってお終いです。その途中、先日火事があった國際電子廣場に行ってみると燃えた地下一階は閉鎖。地下二階のみの営業でした。囲いの隙間からカメラを差し入れて撮ってみると現在復旧作業中の模様。きっと遠からず復活するでしょう。

折角なので、ついでに以前からなんとなく探しているけれど未だに見つかっていない品(恐らく生産中止)をないか見ていると、なんと見つかってしまいました。値段もほぼ期待通り。ということで最後の一個・展示品をお買いあげ。結局1000元以上を散財して買えることになりました。やっぱり恐いところです。
2月17日(禮拜四) 回送−返站−Not in service
ごろごろ丸太になっているうちにあっという間に一週間、台湾へ帰る日になりました。昼頃出発して空港へ。まずはチェックインしてしまおうとカウンターへ向かったのですが見つけるのに一苦労。何だか成田の第二ターミナルって案内が少なすぎてわかりにくい気がします。
ちょっとショックだったのがぎりぎりにチェックインしたわけでもないのに窓側も通路側も空いていなかったこと。最悪な内側の席になってしまいました。ここでは香港→台北も一緒にできるということなのでしてしまいました。そちらは問題なく確保。続いてちょっとした用事を済ますために郵便局へ行ったのですが、これがまた非常にわかりにくい場所に。そもそも郵便・貯金で分かれているあたりだめな気が。
することがなくなったところで搭乗口へ。着いてみると到着便が遅れたいるため搭乗が遅れますとの案内。結局30分ほど遅れて乗り込みました。香港までは4時間強、なんと両隣がマスクをした人で少々恐怖であります。途中、モニターに現在どこを飛んでいるかというのが表示されたりするのですが、台湾上空を通過するときずっと「ここで降ろしてくれ」と思っていました。しかし非情にも飛行機は通過し香港へ到着。乗り継ぎ時間は1時間ちょっと、そのままゲートへ行っても良かったのですが空港税を払っているのに入らないのはもったいないという考えから入国。けどやっぱりすることはなくて15分ぐらい散歩してすぐ出国。パスポートのページ無駄遣い。手荷物検査を抜けたところで突然空港職員にアンケートされてしまいました。
乗り継ぎ便はほぼ定刻通りに飛び、満席ではなかったので二席使えてそこそこゆったり。先程飛んできたばかりのルートをそのまま戻る感じで、相変わらずあまり乗った気がしないうちに中正空港へ到着。台湾→日本より「帰ってきたという感覚が強くありました。

さすがにこの時間は空いていて入国審査もほとんど並ばずに通過。いつもなら國光客運あたりに乗るのですが、この時間だと市内に着いた後タクシーになるので選択肢なしでできるだけ家の近くまで行く長榮に乗車することに。待っている間に携帯の電源を入れると立て続けに三軒の着信記録。なんとこの電話(会社)、圏外にいる間の着信も記憶しているらしいのです。バスに乗り込んだところで順次コールバックしていきました。
忠孝復興に着くと、期待していなかったもののやはりバスはなし。予定通りタクシーに乗り、1:30頃ようやく帰宅となりました。
2月10日(禮拜四) 日本才到了
また二人になったところで郵便局(ポスト)へ。実は先程一人の時に行ったのですが、硬貨しか使えない自販機の前に敗退したのでした。今度はセブンイレブンで買い物をして小銭を用意してきたのでばっちりです。台湾から送るよりは高くなってしまったけれど、無事各地に手紙を出すことができました。
細かいことをした後は睡眠タイム。自分たちの他にも何人かベンチで寝ている人がいます。午前4時頃からエスカレーターが動き出して少しうるさかったけれど、いくらかでも眠れたのでよし。足りない分は機内で補うことにしましょう。

午前7時頃、Weijiaが中国に向けて出発するということで、見送りをしました。彼女も同じ時期に台湾に来て、今学期で帰る人。次に会うのは大阪あたりでしょうか?
自分もそのまま出国ロビーに向かい、早めにチェックインして窓側の座席を確保。搭乗時間までは適当に店などを見て散歩。そしてようやく搭乗時間がやってきました。機内に入り、指定された番号の座席に行くと既に座っているお姉さんが。とりあえず文句を言って搭乗券を見せると、連れのお兄さんが取り出してきた券は同じ番号。つまり自分の座席はないわけです。オーバーブッキングはよく聞くけれど、チェックイン後も油断できないのですね。当然乗務員に文句を言うと、しばらく待たされました。一旦は、「OK」と言いつつ元の席に座らされたのですが(お姉さんはどこへ行った?)すぐに「やっぱりこっち」と言われて別の席へ。そこはビジネスクラスでした。ラッキーであります。元々座席が広い上に、満席ぎっしりのエコノミーとは対照的にこちらはガラガラで一人二席使えたので非常にゆったりでした。ただし小市民なので寝てしまったらもったいないという考えから寝るのを断念することになりましたが。サービスの内容はそれなりにリッチ。ただビジネスなのにモニタすらなかったりするので実際にビジネス料金を払って乗ったら損した気になったかもしれません。
成田へは定刻通りに到着。昨日台北で預けた荷物も無事出てきて、迎えに来ていた父母・妹妹と合流。実家方面の荷物を切り離して父母にまかせ、自宅へと帰ったのでした。
2月9日(禮拜三) 香港へ向けて帰宅せよ
農暦社会のこちらもついに年が明けて元旦です。今日も昼頃やる気無く目覚めるとアパートは大変静か。皆帰省してしまったのでしょうか。街の方も大変静かで昨日までとうって変わってほとんどの店が休み。おかげで昼食を食べに出たものの候補に挙げていた店は皆休み、結局コンビニ弁当になってしまったのでした。
ついでにスーパーで紐などを買い、荷造りの続き。一番面倒なデスクトップPCの他、各種荷物をなんとかまとめてみたのですが、やはり重い。そしてかさばる。スーツケースを一つなどという生易しい状況ではなく、塊が5つ。それぞれ数キロの重さがあり、荷物の性質上相互に纏めることは困難です。試しに持ってみると一応動けることは確認できましたが、それだけですでにお疲れです。大丈夫でしょうか。
その作業中Weijiaより入電。彼女も今日出発で、ほぼ同じ時間の飛行機で香港へ行きます。話しをした結果一緒に空港まで行くことになり、台北車站で待ち合わせることになりました。

支度が済んで、手紙などを書いて適当な時間になったところでいよいよ出発。タクシー…などというリッチな手段が認められるわけもなく、バスに乗ります。本来ならば待ち合わせ場所まで直行すればいいのですが、郵便局に寄りたいため公館で下車。捷運站内にある郵便局に行くと、無人販売機はあったのですが使いにくい(額面が合わない)記念切手のセットとかろくな物が無く目的の切手は入手できず。諦めてそのまま捷運に乗って台北車站まで行ったのですが、バス乗り場までが遠く階段やエスカレーターも多くて大変。色々な人にゴメイワクをお掛けしながら(改札で荷物を押して貰ったり、動けるか?と警備の人に心配されたり)やっとのことで到着。最後は10m毎くらいに休憩しながら進んでいました。もしかしたらもう一度バスに乗った方が楽だったかもしれません。

ターミナルでWeijiaと合流、早速バスに乗り込みます。車内の荷物棚を開けようとしたところ指を切ってしまい流血。結局荷物はシートに置き、まったくの流し損。予想に反して道は空いていて40分ちょっとであっさり空港に到着。途中この時期名物の高速道路無料も体験しました。
自分は第二、Weijiaは第一ターミナルですが友人の見送りのため一緒に第二で下車。まずは荷物を減らしたいのでチェックイン、その際問題になったのが香港での入国。乗り換え以外の用事はないので一応「入りたくない」というとしばらく奥で話して「いいけど、警察に言われたら入国して」とのお返事。その後Weijiaの見送りが実は第一だったことがわかり、香港での待ち合わせポイントを決めてお別れ。特に用事もないのでそのまま出国手続きをして、乗り場へ…はまっすぐ向かわずラーメン屋へ。C5ゲート近くにあり、以前バンコクに行ったときからずっと気になっていた場所です。値段は120元〜と町中とあま変わらず、空港にしては良心的。味噌ラーメンを食べてみましたが、見た目は良かったものの「やっぱり」という味。でも野望を達成したので満足。

フライトは順調でした。微妙に安全性について問題を感じる部分もなかったわけでもないですがまあ些細なこと。あまり乗った気がしないうちにあっさり香港に着いてしまいました。問題があるとすれば空港で出すつもりだった手紙をすっかり忘れてきたことでしょうか。入国・税関も非常に簡単、今までで一番手抜きであるような気がします(入国カードに目的、パスポート番号を書く欄すらないし)。
とりあえず待ち合わせ場所に移動し、待つこと30分。Weijiaも到着しました。交代で両替に行き、彼女は長距離バスで大陸へ向かうと言うことで出発…していきましたが戻ってきました。街へ出ようとした段階で「翌朝まで目的地へ向かうバスはない」と言われたそうで。というわけで一緒に空港で夜明かし決定です。彼女が郵便局の場所など詳しく知っていたので台湾で出せなかった手紙を出し、朝まで休むことにしました。こういうとき二人だと心強いです。
2月8日(禮拜一) 無料晩餐会
次の日本漫遊が明日に迫っているので今日は荷造り。荷物はほぼ今回で撤退してしまう予定なので、それなりに大がかりであります。結果的に大掃除をやることになり、思ったより時間がかかってしまいました。

結局時間切れになり、学校へ。今日は旧暦大晦日、学校が外国人学生向けに「大晦日お食事会」みたいなものを企画してくれ、タダでご飯が食べられるなら当然参加なわけです。場所は構内にあるおなじみ”三樓餐廰”なので、味も期待できそうです。
時節柄帰国している人も多く、人数は思ったよりも少な目。日本人は5・6人くらいいたでしょうか?学生以外では学校の偉い人が結構来ていたようで、校長夫妻の姿も。かといって特に堅苦しいことはなく、楽しく頂きました。しかも食事だけでなく校長から紅包(お年玉)も出て、至れり尽くせりでした。

帰りはXuanxuanと一緒に帰宅。というのも自分が出た後引っ越してくるかもしれないということで、部屋の見学会であります。それも済み、バス停まで送るとXuanxuanともお別れ。帰国日の関係で実はこれで会うのは最後なのです。またどこかで会う日まで、再見!
2月6日(禮拜六)−2月7日(禮拜天) オールナイト台灣
遅く起きたところで忠孝復興へ。とりあえずネットをするためにマクドナルドに入って飲み物を注文し、パソコンを取り出して起動。無線LANカードを差し、ホットスポットの電波をキャッチ…するもなぜかログイン画面が出ず、一向に接続できない。使っているのはEASY-UPという会社のサービスだけど、どうもうまくいかないことが多々あり使い勝手が良くありません。結局待ち合わせの時間が近くなり接続できずに店を出る羽目に…。やはりちょっと頑張って六張犁のQK珈琲に行くべきであったか。

店を出て少し歩き、そごうの裏手辺りで何やら催し物をしているのに遭遇。台湾各地の物産展みたいな感じで、通り過ぎつつ眺めていると、その中に駄菓子を売っているテントを発見してしまいました。しかも結構種類が豊富です。ともかくこういう物を見つけてしまった以上買わないわけにはいかず、お土産に一番パッケージイラストがイカしていたものを購入。
ところで今日の待ち合わせ相手はYoumei(もちろん先日帰国した方ではなく、今学期から来ている方です。ややこしい)、借りている本があったので出国前にお返ししておくのが主目的であります。待ち合わせ場所は南京東路でそこから以前言語交換で使っていた喫茶店に行く予定でしたが、そちらに向かっていく途中に適当な喫茶店を発見し、彼女がお土産を買いたいと言っていたことを考えると忠孝復興の方が圧倒的に便利なので、電話してみるとまだ間に合う場所にいたので変更。先程見つけた店に行き、本をお返ししつつ過去に行った場所などについて話をしました。その時に先程買った駄菓子を見せると彼女も欲しいということで、先程行った物産展?へ。自分が買ったのと同じ物と、おばちゃん曰く旧正月限定だという謎の駄菓子など3箱お買いあげ。あまり一般受けはしない気がするのですが、大丈夫なのでしょうか?ついでに他のテントも覗いて回ると、依頼品のうちまだ購入していない台灣産珈琲豆を発見、しかし生豆です。できれば焙煎済みのもの、という要望だったのでしばらく迷うも産地の農協が発売していて中身が信用できそうだったので購入してしまうことにしました。
それから彼女が普通の土産を買うために太陽餅の店へ。これで彼女の用事が済み、自分も次の予定が近づいてきたので忠孝復興站で解散となりました。

その予定とはかなり久しぶりの開催となった聰子とご飯を食べる会(最近は何故か聰子祭りと呼ばれている)であります。メンバーもいつもの通りなら行く店もいつもの通り、伝統の人形劇が見られる店です。今日の出し物は前回とはまた違って良い感じ。一通り演劇が終わった後の体験タイム?ではステージの裏側に立って人形を動かしてみる羽目になりましたがこれが大変。結構重い人形をかなり高く差し上げなくてはいけないので腕がすぐに痛くなって思うように動かせません。これを一時間以上続けている方はさすがだなあと思います。
久しぶりに集まったせいか、あるいはこの会もおそらく今日が最後になるせいか皆結構調子に乗っていていつもよりよく食べていました。もし今度ここへ来るとしたらそれはいつでしょうか。

当初の予定ではこの後何も考えていなかったけれど、バーに行こういう意見が出てそちらに移動することになりました。場所は建國南路、現在地からは適当なバスがなく捷運に乗るのは遠回りだということで歩いていくことに。多少距離があっても皆で話しながら行くとすぐに着いてしまいます。
そして着いた先はごく普通の路地にあった、日本家屋を改装したバー。なんだか映画に出てきそうな場所でした。皆それぞれに適当なカクテルなどを注文し、自分はソフトドリンクでお付き合い。ここの飲み物は大変種類が豊富で、色も綺麗。並べてみるとこんな感じに。

手前はA菜の炒め物。さっきさんざん食べたはずなのに皆また食べます…。さらにここの飲み物は名前が面白く、メニューを使った会話は大変楽しゅうございました。どうやるかというと全員メニューを持って、「A君は”21ページ上から4つ目”だけどそれは”15ページ一番下”だからやめた方がいいよ」みたいな感じで、それぞれの場所には”熱烈に相手を愛している””許されない恋”みたいな名前のカクテルが載っていたりするのです。

あれこれ話しているうちに2時を過ぎ、そろそろここも閉店の時間。普通ならここでタクシーを拾うなりして帰るところだけど、なぜかそうはしたくないということになりまだ会は続行となりました。次の目的地は一応徒歩で行けるぐらいの距離にある24時間営業のお粥屋さん。自分は一度「終電・終バスがなくなって歩いて帰る」というのを試そうとしたのですが、諸般の事情により中止してやっぱりお粥屋へ行くことに。ここで始発が出るまで粘ろう!ということになっったのですが、皆半分寝つつもおかず取りまくりでよく食べること。まるで満腹という言葉を知らないような感じ。
最終的に5時までいて、少し早めに出て公館まで歩いて始発のバスを捕まえることになりました。なんだかこの会、歩いてばっかりです。それがまた楽しいのでありますが。近くに住んでいるCongziを家まで送り、台灣大學のキャンパスを抜けていきました。実は今まで進入したことがなかったのですが、こんな形で体験することになろうとは。
公館ではまず捷運で帰るXuanxuanを見送り、残りの三人はバスへ。家に着き、シャワーを浴びて寝たのは6時40分でありました。もう、文句なしの午前様です。
そのままひたすら寝続けるはずだったのですが、目が覚めるとなぜか8時30分。おかしい。最近極端に寝付きが良くないのでしょうか。とにかくこれでは持たないからと二度ね、それをもう2〜3度繰り返して16時30分、そろそろいいだろうということで「起床」。学校へ行き、人が極端に少ない図書館の地下でネットをして帰りました。
2月5日(禮拜六) お買い物たらい回しツアー
次の日本漫遊(帰国)の準備の一環で、色々買い物をしなくてはいけないので時間のあるうちに行ってしまうことにしました。行き先は三箇所あり、順番を考えている時に最初に来たバスの行き先に従い西門町へ。ここではまず頼まれ物のGSM携帯を買いに「携帯ビル」へ。機種は決まっているので何軒か回って一番安かった店で購入、プリペイド用(番号なしの端末のみ)で買いお値段は4000元台でした。しかし店のお姉さん曰く「(どこかの電話会社と)契約すれば200元でいいよ」。一体いくらマージンが入るのか知りませんが、この差にはびっくりです。
続いて同じく西門にあるコーヒー屋へ。やっぱり頼まれ物のコーヒー豆を買いに来たわけですが、これは鮮度が非常に気になる品なのでできるだけぎりぎりに買いたい物。最終営業日を確認すると旧正月元旦も休まないとのことなので今日は見送ることにしました。

次の目的地は華西街。捷運で行くのが便利ですが、一駅程度の距離なので歩いていくことにします。いつもの如く適当にそれっぽい方向に向かい、通ったことのない道をガンガン進んでもきっちり華西街の真ん中に出てしまうあたりがなんとも言えません。
ここでの目的は靴、目当ての店に直行。夜市にとってはかなり早い時間であったけれど開いていて、以前から買う品の目星もつけてあったので試し履きして即購入。たまたま店頭に出ていたのが自分のサイズだったのでかなりの早業でした。そのまま捷運龍山寺站へ行き、忠孝新生まで移動。ここではまたもや頼まれ物のソフトを数点検索(何やら今日の用事は頼まれ物ばかり。依頼元は皆別であります)、なんとかすべて発見して終了。

さて、この後は同學們と食事をする予定です。集合場所は中山站。時間的に十分間に合いそうだったので腹減らし、交通費節約、新靴の慣らしを兼ねて徒歩で向かうことにしました。三駅分でそこそこ距離があるのでちょっと急ぎ目にいったらかなり早く着いてしまい、待ちぼうけ。
全員が揃ったところで行った先は、なんと北京ダックの店でした。話の流れから茶葉料理の店に行くものばかりだと思いこんでいたのですが、どうやら勘違いだったようで大ショック。普通なら多少食べるものが変わったところで問題ないのですが、以前中華街で高くてまずい北京ダックを食べて以来あまり好きではなくなってしまったのです。よく美味しいものを食べると嫌いな物が直ると言いますが、逆もまた真なのであります。ついでにここではダックを料理した後の残り部分を使ったスープが出たのですが、これが大変臭い代物で飲めず、結局肉の方にも一切手を出さず。しかし幸にして店自体は良く、一緒に注文した他の料理は美味だったので必死にそちらを食べておりました。
その後一緒にマクドナルドへ行ってなぜか皆でチョコレートサンデーを食べて帰ったのでした。
2月4日(禮拜五) 最後の授業
ついに今学期最後の授業の日=留学生活最後の授業の日です。だからといって特に特別なことをするわけでもなく、予告通り映画。先学期末に見た映画は本当にどうしようもない内容だったのであまり期待していなかったのですが、今学期の方はいくらかましでした。そしてあっさりと終了。なんだか明日以降もまだ続くような感じがします。

授業の後金蘭老師に挨拶をしたいというZhepingとそちらのクラスに行き、少しお邪魔しました。しばらくお喋りをして、そのまま二人で一緒に中正空港へ向かいました。自分は同じ日に台灣に来て今学期まで一緒だったYoumeiと、小父姐を見送りに。Zhepingは荷造り用段ボールを貰いに。
ぎりぎりまで学校に居て時間があまりないのでなるべく早そうな手段で行こう、ということで松山空港から高速バスに乗ることにしました。空港に着くとバスは丁度出た後デイタイムなので間隔も空いていて次は25分後。さらに旧正月のためかいつもは渋滞しない中正空港直前の高速道路が渋滞していてかなり危険な時間になってしまいました。もしかしたらYoumeiの見送りはアウトか?と思ったものの、なんとか電話で連絡を取りつつぎりぎりセーフ。見送りをして、託されたテストの答案も渡すことができました。
続いて小父姐をお見送り。いずれ戻ってくる人だけど、その頃自分が帰ってしまっているので台灣で会うのはこれが最後です。
見送りにはもう一人台湾人が来ていて、一緒に台北へ戻りたいということなのでそこからは三人で移動。とりあえず折角空港まで来たのでドラゴン航空のカウンターで変更になっている可能性が濃厚なフライトスケジュールの確認をしていくことにしました。中正空港のドラゴン航空カウンターは長榮航空の片隅、委託営業で係員も兼任です。リコンファームの要領で確認して貰うと…往復合計四便のうち三便の時刻が予約時(チケット記載)と異なっていました。しかも悪い方に。短い方が嬉しい往路香港での乗り継ぎ時間は11時間に増えているし、逆にわざと長くして楽しもうと思った復路の乗り継ぎ時間は短くなっているし。元々日替わりで複雑だし、どうもダイヤ面ではあまりいい会社ではないようです。
続いてZhepingの目的を果たすため第一ターミナルに移動。初めて連絡電車に乗りましたが、車両メーカーが新潟鐵工所でびっくり。こんなところにも進出していたのですね。
キャセイのカウンターに行って段ボールを受け取り、すべての用事が終了。帰りはゆっくりでいいので國光客運の「中興號」松山空港行きに乗り込みました。あまり知られていないこの路線、停留所は多くて時間が掛かるけれど台北市内までわずか70元で行くことが出来ます。台湾人は途中で降り、我々は中山國中まで乗って乗り換え、六張犁へ。目的はもちろん「邦子の店」の小籠包。旧正月前は恐らくこれで最終回でしょう。そのまま夜市の方へも行き、リンダの屋台でサラダを購入。やっぱり旧正月はタイに帰るのかな?と思って聞いてみたら帰らず、普通に営業するとのこと。お客さん来るのでしょうか??
2月3日(禮拜四) 歳末倍額セール
さて、今日は筆記試験です。期待通りの内容で昨日あまり勉強できなくてもなんとかなってしまいました。一問回答忘れで点が減ってしまいましたが。とりあえず中途半端なところでページを切らないでください、と責任転嫁してみる。

これで今学期の授業も実質終わり。明日もあるけれど、映画を見るだけなのでもう予習などの必要もありません(もともと林真理子老師の授業は必要ないという話もありますが)。というわけで以前より行こうという話のあったKTVに行ってきました。前回行ったのは美女老師の頃なので8ヶ月ぶりでありましょうか。場所はお手軽に木柵のHolidayであります。
この日は都合の悪い人が多くてもしかしたら初めから行く予定だった三人だけ?と思っていたらあと三人参加してくれて6人での会となりました。3時間までは同じ料金で、それ以降は毎時間加算されるシステムで人数を考えて3時間コースに決定。相変わらずのへっぽこシステムで入れた順に曲が出ない(ほとんどランダム状態)、検索が遅いといった問題はあるけれど料金は安めなので仕方のないところでしょうか。中国語あり、日本語あり、また一部台湾語の歌もありとなかなか楽しゅうございました。しかし皆結構うまくてびっくりです。自分は下手の横好きなのに加えてブランクが空くとさらに駄目になる性質があるのですが、それがもろに出た感じで声が出ず恥ずかしい限り。

そのまま一緒に学校まで戻り、折角なので年末年始で閉まる前に床屋に行くことにしました。本科はとっくに休みに入っているので空いているかと思いきや、かなり混雑していました。さすが年末。前に来たのをおばちゃんが覚えていて、同じでいいのね?と言われて順調にカット、そして洗髪。とここまでは良かったのですが、お会計でびっくり。なんと年末特価で通常料金の2倍でした。びっくり。日本でも年末助け合い100円増しというのは経験がありますが、一気に2倍とは。それでも800円くらいなんですけどね。

家に帰り、改めて昨日の修理受付票を確認。液晶に関する記述もないし、やっぱり見積額が変だということで確認しに行くことにしました。店のお姉さんに聞いてみるとやはり液晶の破損についてはすっぽり抜けていたようで、改めて額を聞くと「これは高いよ〜」と言いながら価格表を確認して「哇!」とびっくりしていました。3000元ぐらいかな?と予想していたら割と当たっていて3500元。もちろん外側の交換とは別に、ということなの修理代は合計5200元ということになります。普通に新しい端末が買えてしまいますね。お姉さんも「本当に直すの?」と言っていたけど、保険会社から修理可能なら直すように言われているし、自分としても直したいので修理続行を依頼。ちなみになぜわざわざ言いに来たかというと、あらかじめ承諾している金額を大幅に超えるとこちらがあらためて承諾するまで修理が止まってしまうからなのです。
2月2日(禮拜三) 最後の言語交換
朝改めて保険会社に連絡し、正式に事故報告。書類は日本に届くので細かいやり取りは帰ってからになりそうです。修理・買い直しいずれにしても証明が必要だということで、一度修理に出すことになりました。

そして今日はいつの間にか期末試験の日。いつもは筆記→口頭の順なのですが、今回は口頭試験が先。事務室のお姉さんを呼んで、記者の振りをして質問するというものでした。皆あまり準備していなくて全員だめとか言われていたけど、林真理子老師のことだからきっと適当に点数をくれることでしょう。
皆で一緒に昼食を取り、しばらくネットタイム。一旦帰って自宅近くのサービスセンターに持ち込むと修理可能で見積もりは1700元ですとのこと。何だか不自然に安いような…免責額と手間を考えると保険を使わなくてもいいぐらいです。

夕方Zhepingの改めて待ち合わせをして和昌茶荘へ行ってきました。今までにも何度か利用しており、ガイドブックでもよく見かける店。今日は何人かから店・銘柄指定での買い物を頼まれたのでやってきたのでした。ここは珍しいお茶まで種類が豊富で、値段も安めなので個人的にもお気に入りであります。老板は相変わらず調子よく、気になる銘柄をすべて試飲。頼まれた品と、味の良かった茶を何種類か購入しました。

店を出てそのまま言語交換(というよりむしろ食事会)へ。少しずつメンバーを変えつつも続いてきたこの会も今日で最後です。以前行って美味しかった店をリクエスト、たっぷり食べさせて頂きました。先程たっぷり茶を飲んできた後なのでちょっと苦しいです。
さらに喫茶店に移動してしばらく聊天したところで解散。皆様、今までお世話になりました。
2月1日(禮拜二) 大転倒
いつも通りの時間に家を出て学校に行くためバス停に向かう途中、濡れた歩道で大転倒!その場は手のひらをすりむいて縁起の悪い出だしだなぐらいに思っていたのですが…。
学校に着いたところでメール着信があり、確認しようとしてびっくり。携帯が大崩壊していました。液晶が割れ、折り畳みの接合部分が歪んでいます。それでも通話はできるのがMADE IN JAPANのすごいところ。しかし通常使用に支障をきたす状態なので、このままというわけにもいきません。対策を考えた結果損害保険に入っていたことを思い出し、授業が終わり次第すぐに帰って調べてみることにしました。
そして保険証券を確認するとなんとか期間内、契約内容を確認すると問題なさそう。一応確認してみることにして電話をしてみるとやはり使えるようなので保険を使う方向で進めていくことにしました。